ライ麦畑で逃げますので悪しからず

猫と寝転ぶわ。昨日のこと忘れるからさ、今だけあるよ。

アリストテレス「人間はポリス的動物である」という言葉の本当の意味とは

アリストテレス

「人間はポリス的動物である」という言葉の本当の意味

 

初めに「四原因説について」
四原因説とは、アリストテレスがあげた物事を生み出す四つの原因や根拠である。 家の建築を例にとると、石や木材などの材料が質料因、家の構造や骨組みが形相因、建築家の働きやその技術が始動因、家としての役割・働き・住むことが目的因。

 

ここから、全ては始まる。

しかし、アリストテレスはポリス(=国家)について、全ての因に言及するのでは無い。そうではなく、彼は目下説明を期待されているところである「人間はポリス的動物」という発言からわかるように、ポリスについて発言することは、「人間」について言及することであるということが予想できるだろう。

ということで、四原因説のうち、人間という概念が最もポリスの原因や根拠となる因について言及するのである。

その因とは、目的因である。

アリストテレスは、ポリスの形成を考える上で最も重要な因を目的因である、と考えた。つまり、国家について考える上で最も本質的なこととは、国家の役割とは一体何なのかといえことを考えることである、と言っているのである。

 

なぜなら、
「人間にとっての最高善とは、ポリス(国家)の目的因(=生をより善いものとする共同体としての役割)であるため。」とアリストテレスは考えているため。

 

では、これがどういうことを意味しているのか、しっかりと噛み砕いていこうと思う。

 

ポリス=国家

国家の目的因=人間の生より善いものとする共同体としての役割)=人間にとっての最高善

 


生を生成理由として初めにひとりの人間が存在する。彼にはアプリオリ(先天的)にその生活をより善いものとしたいという目的がある。この目的によって夫婦ができ家族ができ、村ができ……(人間が生をより善い生になるのを望んでいること=すなわち【善】を目的として持つ(善を目指している)という性質は

 


アプリオリ(先天的)に備わった性質であることは明らかなことである)……そして、最後に最高善として、国家=ポリスができる。これは、初めに、生成理由を生として1人の人間が生まれた時からアプリオリな目的として彼はより善い生を求めることを持っているのだから、最後に最高最上の共同体の完成として

 


「国家」=「ポリス」が現れる。人間がアプリオリに持っている目的としての善の完成である「ポリスの目的因」(事物が何のために存在するかを表わす目的)は最高善であり、ポリスが最高善すなわち人間が生まれた時からアプリオリに求めてきたより善い生が、ここにおい最高善として完成する。

 


つまり、人間存在はアプリオリに国家=ポリス(生を保つという目的を達成する共同体)の完成を最終目的としている動物なのである。

「ポリス的」=「アプリオリに最高善を国家としている」であり、「人間はポリス的動物である」という言葉の本当の意味は「人間はアプリオリにより善い生をもたらすことができる国家の完成を最終目的とする動物」という意味。

 


アリストテレスは『ニコマコス倫理学』で、ポリスは配慮する、と言う。

配慮する、という動詞の意図は、常により善い生を望むということが叶うような条件を整える、ということである。

 


そこに住む自由市民がポリス的動物として、徳(=卓越性、アレテー)を発揮して善を目がけることを配慮するものだ、という主張を行っています。善を目がける、つまり市民がより善い生活を求めることが可能となる条件を考察するのが政治学であり、ポリスの法律(立法)がこれを実際に配慮するのだ、と。